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2009年8月 6日 (木)

原爆の樹 アオギリ―いのちの再生 

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広島市

の平和記念公園に立つアオギリ。

このアオギリは一度、死にました。

194586日月曜日、広島に原爆が落とされた時に。

当時、アオギリは心地いい木陰をつくり、人々の憩いの場となっていました。

根元で本を読む子供たち、のんびりと散歩する人たち。戦争が激しくなった日々のつかの間の安らぎをアオギリは見つめていました。

暑い夏の朝、突然、そのささやかな幸せが奪われてしまったのです。

アオギリは炎に包まれ、真っ黒に焼け焦げて、幹は裂かれてしまいました。

熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い・・・。

地上には地獄の光景がただ広がるだけでした。

誰もが、アオギリはもう死んでしまったと思いました。

ところが、数年後の春。

死んだかに見えたアオギリの焦げた黒い幹から、新しい芽が出てきたのです。

芽吹いた芽はぐんぐんと育ち、今では実が次々となる、立派な大きな樹木に育ちました。

現在、その種が日本全国の学校に配られ、「被爆アオギリ二世」として、子孫を増やし続けています。

75年間、草木は生えないだろう」といわれた広島の地。

アオギリとともに、広島城のユーカリやヤナギ、白神社のクスノキなど、

死んだかと思われていた木々から芽が出てきて、広島の人々を勇気づけました。

 

樹木という生命こそ、繰り返されていく「生」を体現するもの。

何度、焼き焦がされ、倒れても、いつの日か、春には芽を出す。

目に見える悲しみ、目に見えない悲しみ。

目に見える苦しみ、目に見えない苦しみ。

美しい緑の葉のように、いつも微笑むひとの人生にも、悲しみや苦しみはあって、

樹木は、誰の痛みも受けとめてくれます。

いのちは再び呼吸を始め、永遠に紡がれていくのです。

37800054_tourou 今日は8月6日、原爆の日。  

原爆ドーム前の元安川を流れていく平和の灯ろうです。

被爆したアオギリ(アオギリ科)は、青々とした葉と対照的に、

被爆によって裂けた幹がそのまま残り、痛々しい。37800115_aogiri2_2

 

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