« 自作詩を聲にのせて放つ | トップページ | La Voix des Poétes(詩人の聲)1 »

2010年3月19日 (金)

長い歳月を生きた樹木が倒れるということ

Fh010001_mini

昨日、鶴岡八幡宮の大イチョウの再生を願う祈願祭が行われましたね。約千人もの参拝客が集まり、再生を祈ったそうです。時事通信の記事によると、倒れたところから7m離れた場所に植え直されたそうです。当初、再生は難しいとされていましたが、状態のよい細い根が残っていて、その根が養分や水分を取り入れやすいように植え直しに成功! 新しい芽が出てくる可能性が出てきたと書かれてありました。

よかった・・・ほっとしました。樹木の生命力は、人間が想像するよりも遥かに強いのです。だから、私たち人間は、安心して、再び、大イチョウ自身が命を蘇らせるのを待ちましょう。樹齢約一千年。今、この世に存在する人間が生まれる前から、そこに立っていた大イチョウ。新たな命の始まりです。新たな時代の始まりです。現世で、私たちとともに生きることを大イチョウが選ぶならば、必ず新しい芽を出すでしょう。Fh010003_tree

 

「御神木が倒れるって何か意味があるのかな?」

大イチョウについて、eriさんから質問をいただいたので、私なりの考えを話してみたいと思います。

まず、私がこの出来事で痛切に感じたのは、すべての命には限りがあるということです。樹齢千年、二千年の大樹というと、私たち人間は「わあ、すごいなあ」と感動し、その樹木がいつまでも生きていてくれるように感じます。けれど、千年経てば、大きな樹木も倒れていくのです。土に還っていくのです。だからこの度、鶴岡八幡宮のご神木が倒れたからといって、何か恐ろしいことが起きるとか、何かの前触れなのではないか、と大げさに不幸を思うことはしないでください。一千年という長い歳月を生きてきた大イチョウの魂が、大地に還るのを喜んであげてください。大イチョウは幹まわり6・8メートル、高さ30メートルという巨大な体を土に還し、新たな人生を求めて旅立ったのです。そして、植え直しによって、魂の復活は細い根に託されました。

“命はめぐり、魂はつづく”。

すべての存在に神が宿り、私たちに命の輝きを授けてくれるという日本古来の思想を、この大イチョウは身をもって、教えてくれているのです。

樹木はその土地の守り神。樹木はただ立っているだけではなく、その土地で生まれ、その土地で死んでいく、多くの無名の人々の血をつないでいくことに力を注ぐ生命エネルギーです。

これは日本独自の考え方ではありません。世界中に樹木と人間との生命のつながりが描かれた思想が存在します。「宇宙樹」という考え方があるのをご存知でしょうか。大きな樹木が天と地とを貫いて、この宇宙を支えているという思想。たとえば、私たちに身近な唐草文様やペーズリー柄、ペルシャ絨毯などの文様は葉や茎や花が渦巻き、永遠につながり続ける生命の樹。ネイティブ・アメリカンの木彫りの精霊は人生の樹、ポプラの根で彫られます。インドのボダイジュ、中国の桃、古代ケルトのオーク・・・。子々孫々めぐりゆく命のつながり、魂の輪廻は、大きな樹木で表現されてきました。

宇宙樹が教えてくれるのは、樹木の生命力と重なり合う人間の命の輪廻。長い歳月、その土地に生きていた樹木が倒れるということは、土地の人々の生命にほんの少し影響を及ぼすかもしれません。樹木の魂と人間の魂とをつなぐ、生命の糸のようなものがあって、それが切れてしまう・・・。

もしかすると、大切な誰かが亡くなったり、お元気で長生きをしてきたおじいさん、おばあさんが亡くなることがあるかもしれません。あるいは、鶴岡八幡宮にお参りしていた方が体に不調を感じる経験をなさるかもしれません。でも、それは怪奇現象などではないことを心にとめておいてください。樹木の命と人間の命とがつながっているから起こることなのです。亡くなった方々は、大イチョウと一緒に行けることを喜んで、天に昇っていかれた人もいるかもしれません。私たちの魂は天の神さまと、生まれる時と死ぬ時とを約束して生まれてきます。寿命が尽きるとき、一千年という歳月を見つめてきた樹木とともに、土に還り、天に昇る、これほど幸せなことはないように思います。Dh000095_0812

どうして、こんなことをいうかといえば、私の家族はことに樹木とのつながりが深いのです。祖母が亡くなったときは、花水木が枯れました。叔母が亡くなったときは、八重桜が倒れました。毎年美しい花を咲かせ、並んで立っていた背の高い樹木がなくなって、我が家の庭はとても殺風景になってしまいました。しずかに死んでいった花咲く木々。祖母や叔母の死とともに、土に還っていった二本の樹木を思うとき、私は、人が生きる土地に立つ樹木の命は、人間の命と連動していることを確かに感じずにはいられません。

樹齢一千年の大イチョウよ、さようなら。

あなたとともに生きた人々、これから生きる人々、ひっそりと死んでいった人々。大イチョウをめぐるすべての人間が血をつなぎ、新しい命を誕生させ、魂は輪廻していくのです。

 

写真は私が出会ったイチョウたち。有栖川公園の中や友人の庭に立つイチョウです。Fh010005_tree_kiri 

|

« 自作詩を聲にのせて放つ | トップページ | La Voix des Poétes(詩人の聲)1 »

Message メッセージ」カテゴリの記事

ご神木」カテゴリの記事

今日、出会った樹木」カテゴリの記事

コメント

ご意見ありがとうございますnote

そうですね。たとえ人間よりはるかに長く寿命がある存在でさえも、この世に生まれたからには命に限りがあるんですものね。

限りあるもの同士が存在しているうちに出会えたことに感謝noteですねdelicious

投稿: eri | 2010年3月23日 (火) 12時30分

昨日、鎌倉に行ってきました。大銀杏になんと新たな芽が出ていました!生まれ変わった大銀杏のこれからの成長を楽しみにしています。

投稿: eri | 2010年4月11日 (日) 08時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1168036/33840574

この記事へのトラックバック一覧です: 長い歳月を生きた樹木が倒れるということ:

« 自作詩を聲にのせて放つ | トップページ | La Voix des Poétes(詩人の聲)1 »