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2010年8月

2010年8月29日 (日)

再生の樹~広島平和公園の白バラ in HIROSHIMA~

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8月、被爆樹 A-Bombed treeを少しずつ紹介してきました。

このブログを見て、こんなことを言った人がいました。

「樹木は不要物を浄化する力を持っていることは科学的にわかっている。原爆の後、芽が出てきたことは当たり前のことだ。わざわざ言うようなことではない」と。

目の前で、その言葉を聞いたとき、心が冷えるようでした。

たしかに、そうした見方もあるかもしれません。けれど、当時、放射能に侵された土地には70年以上、草も花もはえないと言われたのです。

焼き尽くされた地獄のような土地で、真っ黒焦げの幹やちぎれた枝々から、淡い緑色の新芽が出てきたとき、どんなに人々の心に生きる勇気を与えたことでしょう。

「あ、芽が出た…」

と、体も心も打ちのめされた人の顔に、ふっと微笑みがこぼれたかもしれません。

そして現在も、原爆から蘇った樹木の多くは元気で、毎年毎年、新しい芽を出し続けています。

命が巡っていく喜びを樹木は見せてくれているのです。何が起ころうと再び、生きようとする力も。

科学的根拠の話をした人は年配の方でしたが、私よりも戦争に近い年齢の方でさえ、乾いた精神でしか、命の再生を感じられないとしたら、日本の未来に平和はこないような気がします。

★被爆樹A-Bombed tree…白バラ(バラ科・落葉低木)場所:広島平和公園そばには峠三吉の詩碑があり、千羽鶴が供えてありました。

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2010年8月22日 (日)

再生の樹~白神社前のセンダン in HIROSHIMA~

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広島市、白神社のそばにある公園に立つ、センダンの木。

初夏、淡い紫色花を咲かせ、秋に楕円形の実がたくさんぶら下がります。

夏にはクマゼミがたくさん樹液を吸いにやってきます。

あの夏の日、このセンダンとともに、炎に燃えたセミがいくらでもいたでしょう。

★被爆樹A-Bombed tree…センダン(センダン科・落葉高木)場所:広島県中区小町 白神社前・平和大通りに面した公園内(爆心地から530メートル)

↓生々しい姿をしたセンダンの木。

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2010年8月18日 (水)

再生の樹~白神社前のクロガネモチ in HIROSHIMA~

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被爆クスノキの立つ白神社のすぐそばに小さな公園があります。

そこには原爆からよみがえった樹木がたくさんあり、どれも生命力あふれる形をしています。

このクロガネモチは大地にしっかりと根をはり、岩の間にも根を伸ばして、強く生きようとしている意志を感じます。

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けれど、樹皮のあちこちに、人の顔のような、骸骨のような、ゆがんだ表情をいくつも見つけることができます。

1945年8月6日、一瞬で殺されてしまった人々の魂が、この樹木に乗り移っているような、悲しい目です。

★被爆樹A-Bombed treeクロガネモチモチノキ科・落葉高木)場所:広島県中区小町 白神社前・平和大通りに面した公園内(爆心地から530メートル)

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2010年8月16日 (月)

再生の樹~広島平和公園のハマユウ~

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8月15日、敗戦記念日。

★被爆樹A-Bombed flowerハマユウヒガンバナ科・多年草)場所:広島平和公園内

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2010年8月14日 (土)

再生の樹~白神社のクスノキ in HIROSHIMA~

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被爆した木々から芽が出たとき、多くの人が喜び、「私もがんばって生きよう」と勇気をいただいたと語り継がれてきました。

だから、このクスノキが立つ白神社に行ったとき、芽が出たときの様子を知りたいと思い、神主さんにたずねてみました。すると、

「そんなもん、見た人なんかおらんけえ、わからん! だあれも、生きとるもんがおらんようになったんじゃけえ」と、大きな声で言われました。

ハッとし、愚かなことを聞いたものだと自分が恥ずかしくなりました。

「誰もいなくなった・・・」

だから、「芽が出たところを見た人は一人もいない」

それが、原爆の現実。

時が経ち、やがて、このクスノキは原爆で幹もほとんどなくなった状態から、根元のほうから新しい芽が出てきて、ここまでの大きさになったと、あとで資料で知りました。

★被爆樹A-Bombed treeクスノキクスノキ科・常緑高木)場所:広島県中区中町 白神社境内(爆心地から490メートルSricho10882_227

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2010年8月 9日 (月)

セミが生まれた穴 

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この穴、何だと思いますか?

セミが土から出てきた穴なんです。

広島平和公園の菩提樹の木の根元にいくつもいくつもあいていました。

人間に比べれば短い命でも、寿命をまっとうするまで、

セミは鳴き続けます、飛び続けます。Sricho10882_298

今日は、長崎の原爆記念日。

1945年8月9日 午前11時2分。時計の針が止まったように、命を刻む針が止まった人々が大勢います。

突然、消された人の魂は何処に行くのでしょうか。

★セミが生まれた穴…広島平和公園内 原爆慰霊者の霊 菩提樹の碑のすぐそば。

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2010年8月 6日 (金)

再生の樹~広島平和公園のアオギリ~

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「どうして、お母さんの木には、穴があいているの?」

「どうして、お母さんの枝は、ねじ曲がっているの?」 

「どうして、お母さんの幹は、茶色いの?」

子どものアオギリが不思議そうに聞きます。

木に穴があいているのも、枝がねじ曲がったのも、緑色の樹皮が特徴のアオギリが茶色くなったのもすべて、原爆のせいです。

1945年8月6日、アオギリは一瞬で黒焦げになり、幹が半分に避け、一枚板のようになってしまいました。

しかし、アオギリは再び、芽を出しました。真っ黒い炭のような、えぐれた幹から小さな小さな芽を。

やがて、実をつけ、種を落とし、赤ちゃんアオギリがたくさん生まれました。そのアオギリの種は「平和の種」です。Aogiri208821012

どんなに傷ついても再生する樹木の生命力に、再び生きる勇気をもらったと多くの人が伝えています。

被爆したアオギリの子どもたちは、日本全国の小学校に配られ、元気に育っています。遠い外国、アメリカ、スイス、エジプト、ドミニカ共和国、中国、イギリスにも寄贈されているそうです。

平和の種から芽生えた、若いアオギリは、心地いい木陰をつくり、多くの人が木の下で本を読んだり、散歩したりと、穏やかな毎日を取り戻しています。

★被爆樹 A-Bombed treeアオギリアオギリ科・落葉高木)場所:広島平和公園内・平和資料館東館そば(爆心地から1300メートルの旧広島逓信局(郵便局中国支社)で被爆し、現在の地に移植された)

↓新しい種から芽生えたアオギリの幹は、清々しい緑色をしています。下の被爆したアオギリと見比べてみてください。

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千羽鶴で折られた大きな木

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千羽鶴で折られた、大きな木です。

「生」という言葉をあえて、ここに添えた人の強い意志を感じます。

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広島平和公園で、今年も広島平和式典が行われます。

もうすぐ、原爆が落とされた815分。黙とうが捧げられます。

じりじりと暑い日、人々はこの暑さよりもはるかに熱い、炎と放射線との地獄に襲われたときを思います。

親や子供や友人が一瞬で燃え、殺され、傷つけられた、生身の一人一人がたしかにいた、あの夏の日。そして、現在も苦しんでいる人がいる事実を。

65年目になる2010年、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長、アメリカのルース駐日大使、イギリス、フランス、ロシア、パキスタン、イスラエル、イランの代表など、過去最高の75カ国が参加します。とくに核保有国の米英仏が参加することが話題になっていますが、国連大使とアメリカの同大使が参加するのは今年が初めて、というのはあまりにも遅すぎる気がします。

どうか、ただのパフォーマンスで終わらせないでくださいと、切に願います。

核兵器の悲劇が二度と繰り返されませんように・・・多くの人が65年間、言い続けても、戦争は繰り返し、繰り返し、起こっています。

これからの時代、日本人が何を決断していくべきなのか、一人一人が自分の頭と心とで、考えていくべき時だと思います。

被爆から蘇ったアオギリの絵本『アオギリのねがい』と、“いのち”を考える絵本を紹介しています。ご覧ください。

ブログ「杉原梨江子と一緒に読みましょ 木の絵本と森の童話」

http://ameblo.jp/sugihara-rieko-tree/

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2010年8月 4日 (水)

再生の樹~広島城のクロガネモチin HIROSHIMA

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ユーカリ、マルバヤナギを見ながら、広島城跡の中に入っていくと、

まんまるい樹冠が緑色にキラキラと輝き、いかにも“大きな木”といった姿で立っています。

大本営前の庭園に植えられていたクロガネモチもまた、原爆から蘇った樹木の一つ。

“クロガネモチ”という名前から、“金持ち”を連想して、縁起のいい木として、昔からよく庭に植えられたそうです。

しかし、原爆の悲しみを前にしたとき、縁起がいいかどうかなど、とても空虚に感じてしまいます。

今、たしかな命があること。

息を吸って吐いて、生きていられること。

それだけで、私たちは幸せなのだと思わずにいられません。

女性のような乳房をもった、クロガネモチです。

炎に灼かれ、倒れた木は、いつの日か、芽を出すことがあります。

しかし、無残に殺された人間の命は、

決して、よみがえることはないのです。

★被爆樹A-bombed tree クロガネモチ(モチノキ科)場所:広島城内の大本営跡。(爆心地から910メートル)Sricho10882_320_2

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2010年8月 3日 (火)

再生の樹~広島城のマルバヤナギ in HIROSHIMA~

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芽が出てきました。

原爆の炎に、真っ黒に焦げてしまった木の幹から・・・。

突風に、折れてしまった木の枝から・・・。

もう、死んでしまったと誰もが思っていた木々から、芽が出てきたときの喜びは、今でも伝えられています。

原爆のあと、生きる苦しみを味わっていた人々の心の支えとなった、新しい芽吹き。

このマルバヤナギ、新芽は赤いのです。

怒りと悲しみに、目を真っ赤に泣きはらしたように、空を見上げています。

葉っぱは丸くて、優しい緑色です。

広島城のお堀のそばで、今にも倒れそうなほど傾いて、それでも立っています。

幹には筵が巻かれ、広島の人々が支えをいくつも立てて、この木の命を守っているのです。

炎に灼かれ、倒れた木は、いつの日か、芽を出すことがあります。

しかし、無残に殺された人間の命は、

決して、よみがえることはないのです。

★被爆樹A-bombed tree in HIROSHIMA…マルバヤナギ(ヤナギ科 Willow)場所:広島城二の丸跡。広島城のユーカリを左に見ながら、天守閣跡へと向かう途中に立っている。(爆心地から770メートル)

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