原爆から蘇った木-The Bombed Tree

今年も原爆の日がやってきました。
これからも毎年、私は故郷のHIROSHIMAとともにFUKUSHIMAを思うでしょう。
しかし先日見に行った知人の画家・堀越千秋さんの絵を見て、そう思い続ける人は減っていくのかもしれないと虚しく感じました。

7月の終わり、銀座の画廊で、ひときわ鮮やかな椿の花の絵が目に飛び込んできました。
ぴしゃっと飛び散るように跳ねたビビッドピンクの花びら。血がほとばしるような、魂がちぎれて飛び散るような、生命力あふれる椿の大樹。
絵のタイトルを見るとこう書いてありました。
「我々はヒロシマを忘れたように、フクシマを忘れるだろう」
この美しい絵に添えられた題名はあまりにも悲しく、虚しい現実かもしれません。
実際に、日本人の多くは原爆の被害(被害者)を忘れてきたのです。

7日夜、NHKで福島の女子高生と長崎の被爆者とが手紙のやりとりをするドキュメンタリーを放送していました。
その中で女子高生たちの言葉が強烈でした。
「結婚…はできないのかもしれないな、と思う。思わない?」とまわりの友達に聞く少女。
「低い放射線量でどれくらい人体に影響があるのか、私たち、人体実験をされているみたい」と寂しそうに話す少女。
それから被爆者のおじいさんの言葉。「あなたたちには残酷なことだけど、甲状腺ガンの検査は3年後も5年後も、10年20年30年と検査し続けなくてはいけないことなんだ。私たちもずっとそうやって放射能への恐怖を抱えてきた」
「子供が産まれたら、放射能の影響がないか、いちばんに見て確かめた。怖くて仕方なかった」とこの番組で初めて娘に話したおじいさん。
FUKUSHIMAの若い人たち、子供たち、そして親がこれから、死への恐怖を抱いて生きて行かなくてはいけないことはあまりにも残酷です。
被曝地、被爆地から遠く離れた土地に住む人々にとっては過去のことになっていくかもしれませんが、本当は日本人の私たちは、決して忘れてはいけないと思います。
写真の木は広島城にあるクロガネモチ。爆心地から910mで被爆したが生き残り、今なお、青々と葉を茂らせる復活の樹―The Bombed Treeです。
胸のような形をした幹。
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