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2013年8月

2013年8月29日 (木)

『ルーン塾』9月開講(9/28、10/5、10/12)

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杉原梨江子オフィス主催『ルーン塾』月開講します。

北欧の古代文字【ルーン】は、あなたの未来を創り出すパワーあふれるツールです。

ルーンを引いていると、次々と思いもかけない出来事や出会いが増えていきます。

そこで巡り合う新しいあなた自身。それこそが最も望んでいた未来の自分の姿だとある日、気づくのです。

ルーンを引くことは、あなたの内に秘められた才能やパワーに気づくきっかけになります。繰り返し引いていると、つねに正しい選択ができ、行動にも起こすこともできるようになるでしょう。

『ルーン塾』は、あなたとルーン、あなたとルーンマスター杉原梨江子との対話型(セッション)セミナーです。

25のルーンとともに、夢をカタチに! 

理想の未来を創り出すあなたに成長できることを、私は約束いたします。


開講記念講座「ルーン文字を読み解く」
9月28日、105日、1012日(いずれも土曜日・全3回)

ルーン文字の意味はある程度知っているけれど、実際にルーンを引いた時、「どう読み解いていいかわからない」「対面する相手に何を伝えればいいのかわからない」という人は多いと思います。そこで、ルーン塾のスタート講座では、『ルーン文字の読み解き方』のコツを3回にわたって伝授します。

前半は講義、後半は実際にルーンを引きながらリーディングを行う対話型(セッション)セミナー。実践としてすぐに役立つ講座を目指し、わかりやすく解説しますので、初心者も上級者もお気軽にいらしてください。
※ルーン石をご用意ください。お持ちでない方にはお貸しします。

第1回9月28日(土) 
今のあなたに必要なルーンを知る
1個のルーンを引いた時、質問によってメッセージは変わり、どう受けとめるべきか迷いますね。各意味を読み解くにはコツがあります。2013年下半期、あなたの成長に必要なパワーに焦点を当て、ルーンの解釈法を学びます。

第2回 105日(土)

メッセージの受けとめ方には3つある
私はこの7月、ルーン文字の故郷、スウェーデンとノルウェーを旅してきました。そこで出会ったルーンの神秘。講義の前半では、北欧の写真をお見せしながら、本場に伝わるルーン・メッセージをご紹介。後半では、ルーンが何を伝えようとしているかを受けとめる方法を伝授します。

第3回 1012日(土)
メッセージの伝え方、言葉の選び方
ルーンはまず、あなた自身のために使っていただきたいと私は思っています。次にあなたの大切な人や頼ってくる人のために。様々な人生を経てきた相手に対して、何をどう伝えたらいいか、迷うことはありませんか。自分と他者、25の意味の伝え方の違いを学びます。

◎日時
1回9月28日(土)1645191516:40 ~受付開始)
第2回105日(土)1515174515:10 ~受付開始) 
第3回1012日(土)1515174515:10 ~受付開始)
※開始時間が異なりますのでご注意ください。

◎場所:備屋珈琲店 恵比寿店2F 
ROOM EAST
東京都渋谷区恵比寿4丁目411 電話03-5488-1651
JR
恵比寿駅東口から徒歩3分 地図 http://www.binya-coffee.com/shop/

◎人数:10名様◎参加費:3回分 18,000円(+お飲物代)
◎支払い方法:第1回講義の時にお支払いください。

◎予約・お問合せEメール (
tree@rieko-sugihara.com)にて、
①お名前 ②電話番号 ③メール・アドレスをお知らせください。
詳細はこちらから連絡します。
 

テキストとして『古代北欧 ルーン占い』(1360円 実業之日本社)を使います。
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スウェーデン日記6 再びルーン石碑 Rune Stones againe

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迷った迷ったhappy02 シンプルな道と小さな広場だけのウプサラ大聖堂のまわりで。とはいえ、どんなに迷っても、大聖堂を背にして下り坂を下りていけばウプサラ駅に着くはずなので、とりあえず裏側へと回ってみようと歩みを進めたところ、再びルーン石碑を発見したのだ。

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こちらは道なりに6つの石碑が並んでいた。もしも、帰り道を間違えなかったら、これらのルーン石碑とは会えなかった。

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人生には時にこういうことが起きる。自分では失敗や遠まわりと思うような出来事がのちに大事なものと出会うきっかけとなっていることがある。その回り道、迷い道がなければ出会えなかった、いくつものかけがえのない存在との逢瀬が。

このルーン石碑との出会いはまさに偶然といえる神秘的な巡り合わせ。ウプサラ大聖堂の周囲2か所に分かれてルーン石碑があるとは知らなかった。ありがとう。ルーンに導かれているように思うのはこんな時である。しかし、他にももっと、私が見過ごしたルーン石碑があったりして……。

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家族づれが石碑をじっくりと眺めていった。現地の人にとっても珍しいのかもしれない。

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2013.7.2

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2013年8月28日 (水)

ウプサラに現存最古のスノッリの『エッダ』写本が!?

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今日、紹介したばかりのウプサラ大学付属図書館
Corolina Rediviva(カロライナ・レデヴィーヴァ)」に、現存最古のスノッリの『エッダ』の写本が保管されていることがわかった!! 

信州大学准教授のT・I先生が知らせてくださった。ありがとうございます。

日、ウプサラ大学図書館で、貴重な書物がガラスケースに並んでいるのは眺めたが、わが愛する『エッダ』を見つけられなかったとは情けない。

『エッダ』は北欧神話の根幹を成す物語集。口承で伝わっていた古代の神話や英雄伝説をまとめたもので、北欧神話はもとより、ルーン文字を学ぶにも必須の書物なのだ。

12世紀頃から文字に記録されるようになり、古ノルド語で書かれているのが特徴だ。

「古エッダ」と「新エッダ」との2種類があり、展示されていたはずの写本は新エッダ=通称スノッリの『エッダ』と呼ばれる詩学入門書である。

13世紀、アイスランドの詩人であり政治家のスノリ・ストゥルルソンが北欧神話をわかりやすく再現、解説。旅の男に姿を変えたスウェーデン王の質問に、神々が答える形式で神話が語られる。神話の全容、神々の性格、エピソードなどが巧みに盛り込まれ、遠い昔の物語とは思えないほど、エンターテインメントとして楽しめる物語だ。

1月に出版した拙著『いちばんわかりやすい北欧神話』は、この『エッダ』なくしては書けなかったほど貴重な書物なのだ。

現存する最古の『エッダ』写本があったとは……。

最古の! 

ああ、愛する『EDDA』! 

再び、ウプサラには行かなければならない、この目で見なければならない。来年に向けての北欧計画を心に決めた私である。

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↑『エッダ』には神々がルーン文字を用い、欲しいものを手に入れる呪術がいくつも登場する。

→私の本『いちばんわかりやすい北欧神話』は純粋に北欧神話を再現した一冊だ。『エッダ』なくして書けなかった。
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スウェーデン日記5 ウプサラ大学図書館 Uppsala University Library

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ルーン石碑のところにいつまでもいたいところだが、午後には古墳「ガムラ・ウプサラ」に行く予定にしていたので、目的のウプサラ大学の図書館に向かうことにする。駅で知った「Corolina Rediviva(大学付属図書館 カロライナ・レデヴィーバ)」にはルーン文字が描かれた古書があるはずだ。ひと目でいいから見てみたい。

ウプサラ大学は1477年に創設された北欧最古の大学だ。ここウプサラは大学を中心にして栄えた町で、市内には研究室やいくつもの図書館がある。生命科学に関するヨーロッパの拠点の一つといわれ、BMCと呼ばれるウプサラ生物科学センター(Uppsala Biomedical Centre)も近くある。植物学者カール・フォン・リンネもウプサラ大学の卒業生である。ノーベル受賞者も多いという。

大学は大聖堂の近くにあるらしく、エントランスホールは出入りできるとガイドブックに載っていたので行ってみる。誰もいない。講堂らしい大きなホールの中に演出家らしき人が舞台を眺めている。何かの稽古だろうか。図書館がどこにあるのかは全くわからない。学生らしい金髪の青年に聞くと、近くに大学本部があり、そこで聞いてくれと言うので行ってみる。下り坂を挟んだところにこじんまりとした建物があるが入口がわからず、オフィスへの矢印はエレベーターを指している。見知らぬ土地でエレベーターに乗るのは不安がよぎったがともかく上がってみることにした。エレベーターを降りると明るい空間が広がっていて、まぎれもなく大学のオフィスらしい。受付の女性にCorolina Redivivaの場所を聞くと丁寧に教えてくれた。

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ピンク色の鳥の巣箱がある通りを歩き、Corolina Redivivaへと向かう。小さな信号のある広い道の向こうにクリームイエローの大きな建物が見えてきた。と、入口からアジア人らしい団体が出てきた。ワイワイとにぎやかに話している。中国人のようだ。ガイドさんが車が来るので危ないから早く渡るようにと大声で促し、どたどたガヤガヤ歩いていく。中国人が観光に訪れるような有名な場所なのだろうか。Corolina Redivivaのことなど、『地球の歩き方』には載っていなかったが。

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Corolina Redivivaは正面入り口を入って右手にミュージアムショップ、右に展示室、奥のほうが図書館の書架になっていた。若い女性が受付にいた。入場料20krを払って展示室に入る。写真は禁止。暗い空間、ガラスケースの中に古書が並ぶ。最後まで見るが結局、駅の張り紙で見たルーン文字が書かれた書物とは会えなかった。見過ごしたのか? とも思ったのだが、展示室なので定期的に本が入れ換わり、その期間には出ていなかったのだろう。ここには、「銀の聖書」と呼ばれるゴ―ト語で書かれた銀文字写本「コーデックス・アルエンスト」や北欧の木版地図「カルタ・マリーナ」、グーテンベルグのラテン語聖書などがあるという。貴重な書物であることは間違いないので、展示された古書を一冊一冊ゆっくりと見たが、残念ながら私にはそれぞれの価値を受けとめることができない。こんな時、中世英文学者で世界的な洋古書コレクターでもある高宮利行先生がいらっしゃったら、的確に解説してくださるのだろうと、遠い日本に思いをはせた。しかし、今私は一人であり、せっかくこんな遠いところまで来たのだから楽しんで帰ろうと気を取り直す。ミュージアムショップには古書の絵葉書や植物学者リンネの描いた植物絵(ボタニカル・アートの原点か?)など美しい本や絵やグッズがたくさん並べられていた。生命の樹のポスターもあった! しかし、旅の第一日目に持って帰るにはあまりにも大きいので諦めることにした。この後、リンネ博物館にも行くつもりだから、そこで見つければいいと思った。

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受付の女性はソフィアさんと言った。ウプサラに生まれて、この図書館に勤めているという。日本から来たと告げると、なんと上智大学に留学していたというではないか。「大学名のソフィア・ユニヴァーシティ、名前のソフィアと一緒ね」というと嬉しそうに微笑んだ。ウプサラでおすすめの場所は?と聞くと、「Linneminnen。リンネの植物園はとても美しくて大好きな場所、時々行くの。きっと感動するから、ぜひ行ってみて」と教えてくれた。facebookのアドレスを交換し合ってわかれた。その後、検索してみたが、探し出せなくて悲しい思いをしているのだが。旅先で、日本という共通のおしゃべりができたことは短くても、幸せな時間だった。

この後、リンネ博物館、ガムラ・ウプサラも行くとなるとそろそろ駅に向かわなくてはいけないと心をよぎるが、世界中の図書館巡りを目指している私としては図書館の書架を歩いていくことにする。ルーン関連の本を検索してみた。数冊見つけ、図書館員に本を出してほしいと頼むと、「ここから5分ほど歩いた別の図書館にあるから、そこで閲覧できますよ」と教えてくれた。地図もいただいたが、時間配分を考えるとどう考えても午後の計画に支障をきたすので諦めた。

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Corolina Redivivaを出てちょうど信号を渡ったところの通り名は「Odinslund」。こんな小さな通りにも北欧神話の神さまの名前を見つけて、嬉しくなった。

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350年以上の歴史をもつという植物園(Botanical Garden)ものぞいてみたくて、ウプサラ城(Uppsala Castle)まで歩いてみる。でも、植物園は見つけることができず、名残り惜しいけれど大学近辺からは離れることとした。

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大聖堂まで近づいた時、クラシックの生演奏が聴こえてきた。大勢の人が上を見上げている。ちょうど12時。衛兵の音楽演奏が始まったところだった。写真ではよく見づらいが、空に近い場所で楽器を鳴らしているのだ。よく目を凝らしてみると見えないか。音楽を耳に入れながら、最後にひと目とルーン石碑のもとへと行く。さあもう駅へと戻ろう。ガムラ・ウプサラに行けなくなってしまうぞ、と心に言いきかせたが、どっちの方向に歩いて行けばよいか分からなくなってしまった。(つづく)

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★ウプサラ大学 Uppsala University Library(Corolina Redivivaの説明もあり) http://www.ub.uu.se/

★Corolina Redivivaの映像はこちらから。静かな図書館で撮影するのはマナーに反する気がしたので写真はなし。http://en.wikipedia.org/wiki/Carolina_Rediviva

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2013年8月27日 (火)

about The Rune Stones

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ルーン石碑(runic inscription)のことをご存知ない人もいると思うので解説すると、北欧の古代文字【ルーン文字】が刻まれた石碑のことだ。

最初のものは200年頃に遡り、各地に石碑が残っている。最も多いのはスウェーデン約3600点で、ノルウェー約1600点、デンマーク約850点と続く。その他、イギリス、ドイツ、オランダ、アイスランド、グリーンランド、アイルランドなどのほか、ロシアやアラブ圏にも残っている。

ルーン文字はスカンジナヴィア半島で使われていた北ゲルマン語である。現在の国でいえば、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーの人々がかつて使っていた言葉だ。1世紀前半頃に成立したといわれ、200年頃から1050年頃まで盛んに用いられ、10世紀に入り、キリスト教の伝来とともにラテン文字へととって代わられるまで長く使われた。ラテン文字を知らない民衆の間では17世紀くらいまで使われたといわれている。スウェーデンのダーラナ地方ではラテン文字と混合して19世紀まで使われたという説もあるが、定かではない。

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ルーン【run】とは古ノルド語で「秘密、ささやき」という意味だ。文字の一つ一つに超自然的な力があるとされ、実用的な記述だけでなく、呪術や魔術の小道具としても使われていたといわれる。最も歴史の古いルーン文字(Older runes)は24文字から成り、8文字を3列で表記することが多い。最初の6文字をとって、フサルク(futhark)と呼ばれている。それぞれの文字に特別な意味があることが特徴である。現代の日本での使われ方はこの特殊な意味をもとにした「ルーン占い」(※1)であるが、実際には実用的な記述、通信手段として使われたことを知っておいてほしい。

ヴァイキング時代の700年頃には16文字で構成されるようになり、こちらは新ルーン文字(Younger runes)と呼ばれた。新しいルーン文字も簡素化されたり、変化したりして、さまざまなルーン文字が作られた。とくにヴァイキング時代(Viking Age 8001050年)には、ルーン文字が盛んに使われるようになり、有力者の偉業などを刻んだルーン石碑が次々と作られた。ルーン文字による碑文だけでなく、美しい装飾文様とともに文字を刻んだり、彩色を施すなど、より華やかに、石は大きく、目立つ場所に立てられるようになった。
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このルーン石碑がまとめて数多く見られるのが、私が目指して行ったウプサラ大聖堂のそばのルーン石碑群と、デンマークのユトランド半島にあるイェリング墳墓のルーン石碑群である。こちらは世界遺産(1994)となっている。どちらに行こうか、ぎりぎりまで悩んだが、「北欧の神々-オーディン・トール・フレイの神殿が立っていた」という記述のあったウプサラの大地に立ちたいという思いから前者に行くことを決めた。

何が書いてあるのか、今の私には読めない。けれど、いつかきっと、ルーン文字を読めるようになりたいと願っている。

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 ※1参考図書としてぜひ、
拙著『古代北欧 ルーン占い』と
『いちばんわかりやすい北欧神話』(実業之日本社刊)を読んでください。
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スウェーデン日記4 ルーン石碑群 Rune Stones

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ルーン石碑に触れること―。これが旅のいちばんの願いだった。

北欧の古代文字【ルーン文字】の研究を始めて、ちょうど10年目。なぜ、今まで会いに来なかったのだろうか? と思うほど、私にとって大切な存在である。もしも、「ルーン」と出会うことがなかったら、私は自分の本を書くことはなかっただろうし、聖樹や巨樹を訪ねて旅する人生もなかっただろう。ルーンとの出会いは私の人生を大きく変えた。そのルーンといよいよ会おうとしている。胸が高鳴る。心臓がドックンドックンと鳴る。もう私のすぐそばにルーンが在るのだ。しかしウプサラ大聖堂から出て、どちらに歩いていけばルーン石碑があるのか、見当もつかない。

ふと、いい香りが漂ってきた。やわらかな優しい緑の香り。そういえばずっと香っていた。大聖堂のまわりを包むように香りはふわふわと漂っている。より強く香るほうへと歩いていくと、すがすがしい黄緑色の芝生の広場があり、大きな菩提樹が立っていた。香りは菩提樹の白い花の香りだった。その前にルーン石碑はあった。

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一つはすっくと立つ石碑。もう一つは平たい彩色された石碑。やっと、めぐり合えた。私のルーン石碑。いつも私に勇気をくれるルーン文字。

石碑に触れると、ひんやりとしていた。ごつごつとした石の感触が手のひらに伝わり、確かにここに来たことを教えてくれる。文字が赤く彩色されている。ヴァイキングたちは船出の前には剣にルーン文字を刻み、自らの血で文字を染め、勝利の魔法をかけたと伝えられている。その赤い色がルーン文字を際立たせていた。平たい石碑にはゲルマン様式の装飾によく見られる竜の姿の中にルーン文字が刻まれ、彩色が施されていた。ルーン碑文が英訳されていたのでそのまま記述する。

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Holmfast had the stone erested in memory of lgulger,his father,and Torbjörn.11世紀

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Igun
and Torger had the stone erected in memory of Kattilfast,their father.Help his soul.Gillg.Öpir formulated the runse.11世紀

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2013年8月22日 (木)

スウェーデン日記3 ウプサラ大聖堂 Uppsala Domkyrka

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スウェーデンに着いて2日目。ストックホルム中央駅からウプサラまで電車で約40分。この旅で出会いたいものの多くがここに集まっている憧れの街。初めての土地で電車を乗り継いで出かけることは少々勇気のいることだったが、「いつかきっと!」と願い続けたルーン石碑群にももうすぐ会える、北欧の神様たちの神殿が立っていたという墳墓ガムラ・ウプサラの地に立ってみたいという思いは不安をかき消していった。車窓からはのどかな緑の風景が見え、小旅行気分でガタンゴトンと揺られながら向かった。
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目的のウプサラ中央駅が終点だったので、降りる駅を迷うことなく、無事に到着。ホームを歩いていると歌声が流れてくる。生演奏のようだが姿は見えない。改札口へと向かう二手に分かれた踊り場に出ると、水色の服を着た女性がギターを抱えて歌っていた。なかなかうまい。さて、どこから行こうか! 

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掲示板にウプサラの見どころが写真とともに貼ってあるので場所を確かめることにする。ウプサラ大聖堂、ルーン石碑、ガムラ・ウプサラなどが書かれていた。ふと、古書の写真が目に飛びこんできた。小さな写真だが、よく見ると開かれた本にはルーン文字が書かれているようだ。この本、見なくちゃ! ウプサラ大学の図書館にあるらしい。ここも訪れることに決め、街を流れるフィリス川を目標にルーン石碑群のあるウプサラ大聖堂を目指して、丘を上っていくことにした。

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ウプサラ中央駅からフィリス川までは徒歩5分ほど。静かな通りでほとんど誰も歩いていない。川沿いは菩提樹並木が続き、ちょうど満開を迎えたばかりの白い花をたくさんつけていた。川は静かに流れ、風はなく、時間が止まったように思える。たった一人、現地の人さえ歩いていない遠い街まで来てしまったことを不思議に思いながら歩いた。Simg_5245

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フィリス川にかかる小さな橋を渡ると、さっきまで見えていたウプサラ城の姿が見えなくなってしまった。小さな道に誰も住んでいないような家々がたんたんと続き、目印もなく不安になるが、丘の上には確かに大聖堂が立っているはずなのでひたすら歩く。

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坂道を登りきると突然、ウプサラ大聖堂が現れた。ヨーロッパの多くの聖堂に見られる鋭い屋根は美しいが、思いのほか小さく、本当にこれがウプサラのシンボルといわれる大聖堂なのかと疑うほどだった。1270年頃から建築が始められ、完成するまでに約165年という歳月が費やされたという。ここには16世紀にウプサラ城を築いたスウェーデン国王グスタフ・ヴァーサ王、植物学者のカール・フォン・リンネなどが葬られている。

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大聖堂の中に入ると、そこもまたこじんまりとした内装で、西欧のきらびやかな彫刻やステンドグラスの輝きなどとはかけ離れた、地味な印象だ。ひっそりとしている。奥のほうにはすっぽりと灰色のフードをかぶった修道女らしい人が立っていて、何かを見上げている。ここにお参りする人々を監視している人だろうか。こちらからは顔がよく見えなかったので、近くまで行って挨拶をしようとしたら、それは蝋人形であった。生身の人にしか見えなかったので驚いた。スウェーデンでは突然、こうした人形に会うことがあり、びっくりさせられる。道端に座り込んだキツネの像にもあとでガムラスタンで出会うことになる。
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 堂内をのんびり歩きながらも心はルーン石碑に飛んでいる。ウプサラ大聖堂の周りのどこかに立っているはずだ。小さな大聖堂は早々に切り上げて、さあ、探しに行こう。
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★ウプサラ大聖堂 Uppsala Domkyrkaへの行き方:ストックホルム中央駅から電車で約40分。ウプサラ中央駅で下車、徒歩約10分。フィリス川を渡り、上り坂を進むと現れる。無休。無料。

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2013年8月17日 (土)

スウェーデン日記2 北欧の神々の地―ウプサラUppsala

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かつて、神々の神殿が立っていたというウプサラ(※1)の地。神殿は黄金で覆われ、壁面には3人の神様の像が彫られていたという。中央に雷神トール、左右に最高神オーディンと富の神フレイ

神殿のそばには太い枝を広げた大きな木が立ち、一年中緑を青々と湛え、そばには泉があったと伝えられている。その大樹は宇宙樹ユグドラシルを思わせるし、泉は運命の女神ノルンが水をくむウルズの泉を想像させる。

その地に立ってみたい……。

今年1月、北欧の神話や伝説をまとめた本『いちばんわかりやすい北欧神話』を出版した私はどうしても、そこに行ってみたかった。

神々の神殿については、中世ドイツで活躍した年代記編者で、通称ブレーメンのアダム(※2)が書いた『ハンブルグ年代記』に記されているが、それも今では事実かどうかはわからない。

現代においては資料の中にしか見い出せない神々の神殿をこの目で確かめてみたいという思いが心の中に湧いてきた。

ウプサラの地で、風を感じたい、大地の力を感じたい、本当にオーディンやフレイやトールがそこにいたことを自分の肉体で感じとってみたかったのだ。

神話の中で、生き生きと激しく生きていた神々の息吹き。目には見えなくても感じられるかもしれない。オーディンたちが何か、語りかけてくれるかもしれない。

その強烈な思いが私を遠いスウェーデン、ノルウェーへと旅立たせた。たったひとりで……。

Uppsalaへの行き方:ストックホルム駅から電車で約40分。往復108kr

※1ウプサラUppsala…スウェーデン中部の都市。ストックホルムから北へ約70キロ。北欧最古の大学、ウプサラ大学がある。ウプサラ出身の著名人は18世紀の植物学者カール・フォン・リンネ。
※2ブレーメンのアダム…1050年~1080年頃没。ドイツの都市ブレーメンの大司教区で、大聖堂付属神学校の学校長となり、スカンジナヴィア諸国の歴史について執筆した。

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月に出版した『いちばんわかりやすい北欧神話』(¥800 実業之日本社刊)にもとづいて、旅してきました。
ひと目でわかる北欧の神々オーディン、トール、フレイなどの関係図、神話世界の中心・宇宙樹ユグドラシル詳細図を載せています。ぜひ読んでください。

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Amazon
http://amzn.to/VIZ1mM










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2013年8月16日 (金)

スウェーデン日記1 北欧神話を旅して―出発

Simg_6541スターブ教会 in Norway

現代にも、北欧の神々が降り立つ場所はあり、精霊のささやきが聴こえる森があります。

ノルウェーの森、宇宙樹ユグドラシルが彫られたスターブ教会(世界遺産)、ヴァイキング博物館。

スウェーデンにあるルーン石碑群、神々の神殿があったと伝えられるウプサラ、雷神トールの息吹きを感じるビルカ遺跡(世界遺産)。

そして、「死ぬと森に還る」という北欧の死生観を象徴する、建築家グンナール・アスプルンドの森の墓地。

北欧神話の遺産やヴァイキングの遺跡をたずねながら、現代へと受け継がれている北欧の森の思想と人生哲学とを探る、10日間の旅の記録。

神話の時代から脈々と受け継がれている、神秘のエネルギーみなぎる旅にご案内しましょう。


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スウェーデン、ビルカ遺跡(世界遺産)で出会ったルーンRuneの遣い手、Sylvia Rodin.

1日目 71日(月)
11:40発 成田→スカンジナビア航空SK984便 デンマーク、コペンハーゲンへ。飛行時間:約11時間25分。隣りは韓国人の女の子。パリでダンスの勉強中。彼女はコペン乗り継ぎパリへ。
1605コペンハーゲン到着。時差:日本マイナス7時間。
◎乗り継ぎ→SK410便 1710発 スウェーデン、アーランダ空港へ。飛行時間:1時間10分。日本ビジネスマンがちらほら。
1820アーランダ空港到着 [注]BAGGAGEのピックアップ場所がわかりづらい。とても広く、1フロアではないことがやっとわかる。飛行機に乗り合わせた日本人の姿を見つけてホッ。
◎空港→アーランダエクスプレスでストックホルム中央駅へ。片道260kr。切符売り場横のエレベーターで地下に降りると乗り場に直行。約20分で到着。
◎徒歩でホテルへ。迷う。・・・無事ストックホルムに到着したものの、迷いっぱなしの北欧旅行の始まりを予感させる第1日目。
Rica Hotel Kungngsgatan泊 http://www.booking.com/hotel/se/rica-kungsgatan.ja.html

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成田からコペンハーゲンに向けて出発。

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無事に乗り継いで、スウェーデンに到着、空港からアーランダエクスプレスに乗って、ストックホルム中央駅に向かうところ。18時30分くらい。日本との時差7時間。

 

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2013年8月12日 (月)

映画「ひろしま 石内都・遺されたものたち」

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暑い夏が続きます。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。「癒しフェア」にいらしてくださった方やルーンについての情報を得たい方には、ちょっと違うメッセージが続きますが読んでください。

8月ほど、「死」と「生」、「過去」と「現在」とを考える時はありません。2011年以来、3月もまた、それを深く想う季節になりました。

今年の夏はいつにもまして暑く、蝉の鳴き声が激しく、けたたましく、空いっぱいに広がっていくかのようです。

上の写真は何年か前の夏、会いに行ったクスノキです。広島で、今から68年前に、原爆によって焼け焦げてしまった木。小さく残った幹から新しい芽が出てきて、ここまで大きくなりました。光がキラキラと降り注いで、“今ここに生きている私たち”に生きる力をくれるように思えます。

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9日、映画『ひろしま 石内都・残されたものたち』を観に行きました。被爆して亡くなった方々の遺品を撮り続けている女性写真家のドキュメンタリーです。

2008年、初めて石内さんの写真を見ました。嫌悪を感じました。一緒に見た母親も「この人はいったい何が撮りたいんだろうね。原爆のことを知らないんだね。」と悲しげにつぶやきました。

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なぜなら、被爆した物の写真があまりにも美しく撮られていたからです。紫色のワンピース、水玉のブラウス、運動靴……。きれいにライティングされた光によって、傷あとや焼け焦げた跡はほとんどが消えていました。破れだけが目立ち、広島平和記念館の暗い光の中に飾られたそれらとは違って、生々しい被爆のあとは見えません。原爆によって死んだ人が受けた残酷さをこの写真から想像することはおそらくできないと思います。だから、私は石内都氏の撮る一連の作品には共感することができませんでした。

ただ、今回の映画を観て、少しだけ気持ちが変わりました。美しい遺品たちは傷跡が見えないことによって、その可愛いワンピースを着ていた少女の姿が生き生きと蘇るようにも思えてきたからです。映画では若い世代の人々が写真を見て、原爆について考えたり、発言する様子も映し出されていました。暗く、煮しめたような汚い衣服ではなく、可愛い花柄のブラウスやきれいな色のワンピースによって、無関心だった人、原爆に目をそむけていた人々の心が向くならば、いいのではないか。突然日常が消えたあの日を想像しやすくなるのなら。

遺品の数々は、原爆投下の瞬間まで、その人が生きていたことを証明するものにほかならない。映画では、身につけていた人の最期のエピソードが語られていました。一つ一つの遺品に、人間一人ひとりの物語があること、そして、その人の向こうには家族の癒しきれない悲しみがあることを写真は伝えていました。

カナダ・バンクーバーでこれらの遺品を撮影した写真展の会場で、石内さんが語られた言葉が強く印象に残っています。

「福島の問題が起きた時、思った。
 広島の原爆から、日本は何も変わっていない。」

映画『ひろしま 石内都・残されたものたち』
2013年816日まで。岩波ホール(神保町)にて。
公式サイト
http://www.thingsleftbehind.jp/

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68年目の夏。
日本人は決して、ヒロシマとナガサキで起きたこと、
いえ、起こされた現実を忘れてはいけないのです。

The Bomed TREE(被爆樹)in HIROSHIMA:クスノキ
所在地:広島県中区基町16 市営住宅南西側駐車場内
爆心地からの距離:1010メートル





 


 

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2013年8月 6日 (火)

原爆記念日に亡き従兄を思う

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今年もまた、原爆記念日がおとずれました。

被爆2世として生まれ、40歳で亡くなった従兄を思い出します。癌を告知されてから3か月で逝ってしまったお兄ちゃん。

小学校の先生だったお兄ちゃんは、二度と原爆が繰り返されないようにと願いをこめて、歌をつくりました。その歌は今も、広島で歌い継がれています。

先生をしていた本川小学校に立つクスノキです。今にも倒れそうな幹を人々の手で支えがつくられていました。
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子供たちといっしょに歌を歌うことが何より好きだったお兄ちゃん。

今の日本を見て、どう思うでしょうか。福島の被ばく、原発再稼働、憲法改正・・・。

安心して暮らせる毎日を誰もが願っているはずなのに。


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亡くなる1年前、私は久しぶりにお兄ちゃんに会いに行きました。十年以上会っていなかったのに急に思い立って、広島市まで会いに行ったのです。

そして平和への願い、憲法9条、戦争について、さまざまなことを話しました。

「子供たちへ、僕が伝えたいことはね・・・」と熱く語ってくれた、あの目を、今も忘れることはありません。

その次に会った時、お兄ちゃんは棺の中でした。

もしもあの時、会いに行かなかったら、遠い親せきの一人が亡くなったという事実だけがあり、お兄ちゃんの存在がこれほど強く心に残ることはなかったかもしれません。

お兄ちゃん、今日もわたしは元気で生きています。

★The Bomed TREE(被爆樹)  in HIROSHIMA :クスノキ 
  所在地:広島市中区本川町 本川小学校 校庭内 
   爆心地からの距離:約520メートル

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