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2013年8月12日 (月)

映画「ひろしま 石内都・遺されたものたち」

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暑い夏が続きます。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。「癒しフェア」にいらしてくださった方やルーンについての情報を得たい方には、ちょっと違うメッセージが続きますが読んでください。

8月ほど、「死」と「生」、「過去」と「現在」とを考える時はありません。2011年以来、3月もまた、それを深く想う季節になりました。

今年の夏はいつにもまして暑く、蝉の鳴き声が激しく、けたたましく、空いっぱいに広がっていくかのようです。

上の写真は何年か前の夏、会いに行ったクスノキです。広島で、今から68年前に、原爆によって焼け焦げてしまった木。小さく残った幹から新しい芽が出てきて、ここまで大きくなりました。光がキラキラと降り注いで、“今ここに生きている私たち”に生きる力をくれるように思えます。

20080813

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9日、映画『ひろしま 石内都・残されたものたち』を観に行きました。被爆して亡くなった方々の遺品を撮り続けている女性写真家のドキュメンタリーです。

2008年、初めて石内さんの写真を見ました。嫌悪を感じました。一緒に見た母親も「この人はいったい何が撮りたいんだろうね。原爆のことを知らないんだね。」と悲しげにつぶやきました。

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なぜなら、被爆した物の写真があまりにも美しく撮られていたからです。紫色のワンピース、水玉のブラウス、運動靴……。きれいにライティングされた光によって、傷あとや焼け焦げた跡はほとんどが消えていました。破れだけが目立ち、広島平和記念館の暗い光の中に飾られたそれらとは違って、生々しい被爆のあとは見えません。原爆によって死んだ人が受けた残酷さをこの写真から想像することはおそらくできないと思います。だから、私は石内都氏の撮る一連の作品には共感することができませんでした。

ただ、今回の映画を観て、少しだけ気持ちが変わりました。美しい遺品たちは傷跡が見えないことによって、その可愛いワンピースを着ていた少女の姿が生き生きと蘇るようにも思えてきたからです。映画では若い世代の人々が写真を見て、原爆について考えたり、発言する様子も映し出されていました。暗く、煮しめたような汚い衣服ではなく、可愛い花柄のブラウスやきれいな色のワンピースによって、無関心だった人、原爆に目をそむけていた人々の心が向くならば、いいのではないか。突然日常が消えたあの日を想像しやすくなるのなら。

遺品の数々は、原爆投下の瞬間まで、その人が生きていたことを証明するものにほかならない。映画では、身につけていた人の最期のエピソードが語られていました。一つ一つの遺品に、人間一人ひとりの物語があること、そして、その人の向こうには家族の癒しきれない悲しみがあることを写真は伝えていました。

カナダ・バンクーバーでこれらの遺品を撮影した写真展の会場で、石内さんが語られた言葉が強く印象に残っています。

「福島の問題が起きた時、思った。
 広島の原爆から、日本は何も変わっていない。」

映画『ひろしま 石内都・残されたものたち』
2013年816日まで。岩波ホール(神保町)にて。
公式サイト
http://www.thingsleftbehind.jp/

S37800040

68年目の夏。
日本人は決して、ヒロシマとナガサキで起きたこと、
いえ、起こされた現実を忘れてはいけないのです。

The Bomed TREE(被爆樹)in HIROSHIMA:クスノキ
所在地:広島県中区基町16 市営住宅南西側駐車場内
爆心地からの距離:1010メートル





 


 

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