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2013年10月25日 (金)

スウェーデン日記14 建築家アスプルンドの「森の墓地 Skogskyrkogarden」

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人は死ぬと森に還る……。その言葉に惹かれて、行こうと決めた【森の墓地 Skogskyrkogarden】。建築家グンナール・アスプルンド(18851940Gunnar Asplundが設計した世界遺産である。

アスプルンドのことは建築家の竹山聖さんに教えていただいた。旅に出る前、北欧で見ておくといい建築は? と尋ねたら、「スウェーデンにすばらしい建築家がいてね、彼の作品を見るといいよ」とアドバイスしてくださったのだ。アスプルンドの作品には他にもストックホルム市立図書館やスカンディア・シネマ、イェーテボリのカール・ヨーハン学校、夏の家などがあるが、“森の”と名づけられた墓地や教会がどんな姿をしているのか見てみたかった。日本と同じように豊かな森が残っているスウェーデン。木々や森がどのように文化として根づいているか、知りたいとも思った。しかも、そこは“死”を迎えた人々の場所なのだ。

アスプルンドの資料を読むと、「人は死ぬと森に還る」という北欧の死生観を反映してデザインされたのがこの【森の墓地 Skogskyrkogarden】だと書かれていた。一本の大樹が朽ちて大地に還る頃、その死んだ木を栄養として新しい小さな木が芽生える。死して尚、“生”は繰り返されていく、生命の循環。人間も、肉体が滅び去っても、魂はまた別の場所で別の肉体を得て、蘇る……と日本人の私は思うが、スウェーデンの人々にとって、死はどのように受けとられているのだろうか。キリスト教化される以前は自然信仰だった北欧でも輪廻思想はあるのだろうか。私の興味は森の死生観の謎へと向かう。著名な建築家アスプルンドのことはほとんど何も知らなかったが、彼の建築がその疑問に答えてくれるのではないか、とかすかな期待を抱いて出かけたのだった。

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年、世界遺産に登録された森の墓地

全く初めて触れる人のために簡単に解説すると、【森の墓地Skogskyrkogarden】はストックホルム郊外にある公営墓地。1915年、アスプルンドが友人の建築家S・レヴェレンツと共同でコンペに参加し、設計案が採用された。その後1940年に亡くなるまで関わり続け、主要な部分を作り上げたといわれている。「森の礼拝堂」「森の火葬場」とその周りのランドスケープ、「瞑想の丘」なども作り出した。

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【森の墓地Skogskyrkogarden】はストックホルム中央駅から地下鉄で南方面、
Farsta Strand行きに乗り、約15分。「森の墓地」そのものが駅名となっているSkogskyrkogårdenスクークスチルコゴーデン)駅で降りる。

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ホームには木のイスが置かれてあり、優しい気持ちになる。他の駅では見かけなかったので、森の墓地を訪れた家族のためにつくられた憩いの場だろうか。駅を出るとちょうど両脇に花屋があった。墓地への参拝者のための花束がいくつもバケツにさしてあった。余談だが、私の家は父方も母方もお墓は山の中にあり、ごく身近な人しか立ち寄らないし、花屋もない。いわゆる○○霊園という場所とは縁がないのでよくわからないが、墓地近辺に花屋があるのは日本とあまり変わらない風景だろう。

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どこまでも続く緑のランドスケープ

出口を出て右手、木々の枝葉がトンネルをつくっている小道を歩いていくと看板があり、【森の墓地 Skogskyrkogarden】への正門が見えてきた。遠い先に緑の芝生が見える。一歩入ると目の前に、抜けるように真っ青な空、静かに流れる白い雲、美しい緑の大地が広がっていた。それまで視線を遮っていた正門の壁がなくなり、ランドスケープが一気に目に飛び込んできたのだ。広い広い緑の大地。遠くには十字架が見える。夏の空は天だけではなく地にも広がり、緑の芝生はなだらかな曲線を描きながら小高い山となる。あまりに広大、輝く緑、その景色がどこまでも続いていくような錯覚を覚えた。

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生命循環のシンボル、花崗岩の十字架

壮大なランドスケープを前に、いつまでもここに佇んでいたい衝動に駆られたが私はまだ何も見ていない。左手には石畳がつづいている。遠くに小さく見える十字架を目指して歩くことにした。少しずつ十字架が近づいてくる。この十字架は“生・死・生”の生命循環のシンボルと考えられている。十字架のそばには「森の火葬場」と3つの礼拝堂が建っている。「信仰の礼拝堂」「希望の礼拝堂」「聖十字架の礼拝堂」だ。それぞれの空間はこじんまりとしていて、ちょっとした迷路のようだが、それは葬儀への参列者同士が顔を合わせなくてもいいようにという工夫だという。一つの家族が集まれるような小さな中庭もあった。柱の間から朝の光が射しこみ、礼拝堂の前にそびえる彫像のシルエットが大きく映し出される。人工物と自然とが溶け合っていくような優しい静けさが漂う。週末などはここで多くの葬儀が行われ、大勢が集うらしいが、私が訪れたのは平日の朝。まだ早い時間に出かけたためか、人はほとんどいなかった。建物の前には小さな池があり、まるで鏡のようにくっきりと、丘の上にそびえる木々と青い空と白い雲とを映し出していた。

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鎮魂の象徴のような白い花咲く「瞑想の丘」

池からのぞむちょうど正面にあるのが「瞑想の丘」だ。瞑想を日常にしている私としては名前に惹かれ、必ず行きたいと思っていた場所である。小高い丘を登っていくと、中央には何かの儀式のための石の囲みがあり、花束が添えられていた。中年の男性が一人、周囲に施された石垣に座り、熱心に何かを読んでいた。

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「瞑想の丘」をとり囲むように造られた石垣には素朴な白い花が植えられている。花びらだけでなく、葉も茎も白い産毛に覆われた白緑色の花。時々風が吹くと、その場を浄化するようにふるえる。白骨を思わせる花の色はあまりに儚く、沈黙を続ける姿は鎮魂の象徴のようだ。残念ながら花の名前はわからない。花の向こうには墓石が並び、死者を弔うようで、この場にふさわしい花が選ばれているのだろう。

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瞑想の丘の頂で見知らぬ男性と二人、言葉も交わさず、しばらく過ごしているうちに空気が変わってきた。もやもやと振動するような不思議な感覚がその場の空気を揺らし始めた。最初はゆらゆらと、そのうちビリビリと、赤や黄色の花束がはっきりとは目に映らなくなってくる。時空にゆれが起きたのだろうか。20分くらい経ったろうか、しばらくすると空気のふるえは止まり、最初の状態に戻った。視界がはっきりとし、はっと我に帰る。風景は変わらない。男性は今も夢中で何かを読んでいる。あの時、もやもやとした振動の中に手を伸ばせばふっと、どこか異次空間に行ってしまったかもしれない、と今では思うほど、不思議な空気のゆれの中に私は漂っていたのだ。

それにしても、「瞑想の丘」とは何だろうか。ここから眺める礼拝堂も火葬場も美しい。静かに亡き人を思う場所、愛する人との記憶に立ち還らせてくれる場所。

もしも、私の家族がここで葬儀をすることになったら……と考えてみた。人工的に作られた丘とはいえ、そこに立つ木々は深い森を思わせ、礼拝堂前の池は森の中に佇む湖のようだ。小さな丘に座って空を見上げれば、大切な人が煙となって空へと昇っていく……。静謐な空間で、ひそやかにゆるやかに、自然の中に溶けこんでいくかのような時間は人の救いとなるのではないか、そんな気がした。
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妖精が飛びかうように墓は並ぶ

そろそろ、森の中へと入ってみようか。白樺のトンネルを歩き、森の火葬場や礼拝堂を背にして、森へと入っていく。背の高いモミの森だ。少しずつ、「森の墓地」に近づくと、木々の間に墓石が並んでいるのが見えた。といっても整然とではなく、不規則に立てられている。日本の霊園のように区画整理された中に納まる墓地ではなく、誰もが森を散歩しながら挨拶できる、そんな楽しい雰囲気があった。墓石の形も半円形のお墓もあれば、四角いお墓、十字架のお墓などさまざまだ。点々と自由に並ぶ墓石はまるで妖精が気の向くまま好きなように歩いていて、人間が来たからふと止まった、そんなふうに見えた。昼間はお気に入りの場所に墓石となって姿を変えているが、真夜中になれば動き出し、遊びまわる妖精たち。そんな不思議な物語が生まれそうな自由な気に満ちていた。

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木々の間からは木漏れ日が射しこみ、墓地は清々しい光に満ちる。十字架のそばでは幼いモミの木が背伸びするように枝を伸ばしている。

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アスプルンドはもとあった森を壊さないように墓地を設計した、といわれている。それほどこの森は自然で、特別な場所に来た感じはしない。人は死ぬと森に還る―。ここに訪れてやっと私は北欧の人たちにとって、死後、森に還っていくことはごく自然のことなのだと感じられるようになった。スウェーデンで暮らしたことのある女性が「森はいつも当たり前にそばにあるから、特別な思いはないの。家の裏は森に続いていて、国全体が森の中にあるという感じ」と語っていたのを思い出した。人々の日常と森とは一体で自然そのもの。花束を抱えて歩いてきた若い女性が小さな墓の前で微笑みながら花を添えていた。彼女もまたいつの日か、この森に還るのだという願いが伝わってくるようだった。

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森の墓地で道に迷う

ともかく、「森の墓地」は本当に可愛いらしいのだ。わくわく楽しくなって、妖精たちと遊ぶかのように、あっちの墓石、こっちの十字架と歩いているうちに迷ってしまった。森は広く、風景は似ていて、どの方角から来たのかさえもわからなくなってしまった。慌ててあちこち歩くがますますわからなくなる。森の墓地には何千ものお墓があるのだ。気をつけていないと道に迷うことくらいわかりそうなものだと自分が情けなくなるが、途方に暮れている場合ではない。大きな一本道を歩いて行けば何とかなるだろうと歩いてみた。遠くに建物が見えるがなかなか到着できない。ともかくあそこまでと進んでいくと、「復活の礼拝堂」が現れた。

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深い森は暗く、陰の中からふっと浮かびあがるように建っていて、荘厳な雰囲気があった。古典的な神殿建築様式を取り入れた建物という。扉は閉まり、他国から見物に来た者など寄せつけない様子だ。帰国後、それはアスプルンドの友人の建築家、S・レヴェレンツが設計した建物だと知った。建物が一つわかれば地図を頼りに動ける。じっくりと眺めたい気持ちを抑えて歩き出すと、しばらくしてビジネスセンターが見えてきた。緑色のとんがり帽子のような屋根の建物で、まさに妖精の家のような形である。ここには観光案内、カフェ、お土産物屋などがあり、かなり楽しめそうだが、開館の11時まではまだ時間があったので、今日は入らずに帰ることにする。私はまだもといた瞑想の丘や十字架の立つ辺りまでどうやって行けばいいかわからないのだ。

地図を片手に歩き始めると、向こうから一人の女性が近づいてくるのが目に入った。声をかけ、地図の「瞑想の丘」を指さすと行き方を丁寧に教えてくれた。まるで天から降ってきたように現れた女の人。助かった。じつはスウェーデンではこんなふうに突然、助けの手が差し伸べられることが多かった。優しく教えてくれる笑顔が嬉しかったし、異国の地で困り果てた私にいつも助けが現れることに、何か大きな力に守られているような気がした。しばらく行くと最初に訪れた礼拝堂が見えてきた。もう安心だ。ほっと胸をなでおろし、ふり返って、この森に「ありがとう」を言った。

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追悼の時空よ、さようなら

礼拝堂の前には正門へと続く石畳。左手に瞑想の丘、前方に十字架を眺めながら帰路についた。ちらほらと喪服を着た参拝客が増えてきた。石畳の道は思いのほか長い。森の墓地まで果てしなく続くかに思える一本道があることで、亡き人を語り合い、想う時間も長くなり、大切な人との距離を縮めてくれるような気もする。そんなことを思いながら正門まで辿りつくと、もう一度私はふり返った。壮大なランドスケープの緑の風景は数え切れないほどの人の悲しみを受けとめてきたのだろう。そして、森の墓地へと誘われた魂は自然の中に溶けていったのだろう。

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私は一人で出かけたので有名な建築に気づかず、見逃しているところも多々あるが、瞑想の丘の風、鎮魂の象徴のような白い花、森で遊ぶかのように並ぶお墓、モミの森の木漏れ日……。静かに流れていった時間は充分に、建築家、アスプルンドが創り出した追悼の時空を味わえたのではないかと思っている。旅の後半、ノルウェーのオスロ郊外でも同じような森の墓地を見かけた。そこもまた、緑広がる森の中に墓石が不規則に並んでいた。一生を終えると森に還っていくのはスウェーデンの人々だけでない、ノルウェーの人々もそうらしい。北欧の森は生にも死にも安らぎとよろこびとをくれる生きた証しの場所なのかもしれない。


★【森の墓地 Skogskyrkogarden】への行き方
地下鉄Skogskyrkogarden駅下車、徒歩5分。
ビジネスセンターは11001600
◎旅のアドバイス夏はガイドツアー(英語)あり。
期間:7/39/25の日曜1030~、料金100SEK(要予約)
このツアーに参加すると一般では入れない礼拝堂等に入ることができるので、日曜日に行くのがおすすめ。
photo by Rieko Sugihara 3.July.2013

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