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2015年10月31日 (土)

「被爆樹写真展2015」報告―火災を止めた被爆イチョウ

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Do you know Atomic Bombed Trees
? 

被爆樹の写真を見ていただくにあたり、とてもよかったことは、隣室で平和記念資料館の被爆収蔵資料展が行われていたことでした。

ちょうど出口のところには、原爆投下後の1031日に撮影された「安楽寺の被爆イチョウ」の写真が展示されていました。
下の写真を見比べてみてください。

【原爆投下後の被爆イチョウ】
1945(昭和20)年1031日撮影
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イチョウの手前はほとんど建物が残っていない焼け野原。イチョウの向こうは家屋が焼けずに残り、屋根が見えます。古来「火伏せの木」と呼ばれるイチョウが火災を止めたと伝えられています。イチョウにも火は燃え移り、葉が燃え、枝がむき出しになった様子が写っています。

Looking east-norheast
 from a location near Kanda Bridge in Ushita-machi,the center of this picture shows the skeletal remains of Anrakuji Temple and its ginkgo tree. The head priest of the temple sustained injuries from the atomic bombuing.神田橋付近から東北東を撮影したもの。神田橋周辺の川沿いは火災に包まれ、お寺に炎が迫りましたが、イチョウに守られて延焼は免れました。(展示パネルより)

次に、70年後のイチョウの姿を見てみましょう。

【被爆70年後の被爆イチョウ】
2015(平成27)年5月撮影
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翌年の春、新しい芽を吹き返したイチョウは被爆70年経った今も、青々と葉を繁らせています。
The ginkgo tree stands tall and proud to this day,displaying golden foliage in autumn.(展示パネルより)

1990
(平成2)年、山門を建て替える時、イチョウの木を守るため、山門に穴をあけ、枝を通しました。

安楽寺の前住職、登世岡さんは言います
「イチョウを伐ることは全く考えませんでした。あの悲惨な原爆から再び芽生えたイチョウです。いつまでも元気で生長するように、大切に守っていきます」と。

強い風が吹くとイチョウは揺れ、山門も一緒に揺れるそうです。

修学旅行の子供たちが来た時など、まずは上の写真を見てもらって、「じゃあ、70年後のイチョウを見ましょう!」と私の写真展フロアへと案内しました。

子供たちだけでなく、被爆樹のことをほとんど知らない方にもこの順序でお話しすると、木の再生の凄さ、生命力の強さを感じていただけるようでした。

そして、この木のそばで暮らしていた人々がいて、あの夏の日、突然命を奪われた人が大勢いること。今、木を守っている方がいらっしゃるということも。

ゆっくりと時間のある方には登世岡さんの被爆体験も少しお話ししました。弟さんは原爆で亡くなられました。顔がわからないほど大火傷をして、ベルトのバックルだけが弟さんだと判別できるものだったそうです。登世岡さんは戦後50年、被爆体験を語られませんでしたが、現在は積極的に証言を続けていらっしゃいます。けれど被爆70年経った今も、「私は平和資料館にまだよう入らんのです」。

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