Atomic Bombed Trees

2017年8月15日 (火)

20170815今日は終戦記念日です

今日は終戦記念日です。

この日を過ぎると、原爆や戦争の報道はぐっと少なくなっていました。

それが残念でならなかったのですが、今年は違いますね。

目の前の脅威に煽られて、戦いの思考になっていきませんように。

決して、二度と、戦争をしてはいけないと、今を生きる人々が皆、思い続けますようにconfident

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2017年8月14日 (月)

ヒロシマ行きを終えて

原爆忌にはヒロシマに滞在するようになりました。

『被爆樹巡礼』を出版して以来、1人で過ごすことが少なくなりました。この夏も。

木のそばで生きてこられた被爆者の方々にお話を聞きました。千田公園のクスノキ並木、安楽寺のイチョウ、本川小学校のニワウルシ。

それから、ピースボランティアのTさん、Nさん。

『いわたくんちのおばあちゃん』の主人公の母親にあたるIさん。

アーティストのY.Hさんの展覧会にも行くことができました。

1人黙々と「木」を巡っていたときに比べると、なんて、幸せな夏でしょうか。

こうして、1人1人、ご縁がつながって、ご一緒に、原爆を伝えていく人であり続けたいと思います。

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2017年8月 8日 (火)

HIROSHIMMAにきました

明日は、東広島市立図書館にて、小学生向けに講演会です。

「原爆からよみがえったヒロシマの木のおはなし」

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2017年8月 6日 (日)

72回目の8月6日です

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72
年前の86日、人々の普通の暮らしが、一瞬で、破壊された日です。

このシダレヤナギは原爆ドームから徒歩5分のところに立っていました。

815分、原子爆弾が落とされたとき、木はこの世から消えました。

しかし、1年が経った春のこと、再び芽吹き、長い歳月をかけて、ここまで大きく育ってきました。

木は悲しみをたたえた目をしているように見えます。

あの日、どんなことが起こったか、想像することはできません。

しかし、原爆を知らない世代が伝えていかなければならない時代が刻々と近づいています。

8時15分。黙とうを捧げます。

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 1青少年センターのシダレヤナギ

爆心地からの距離:370m/広島市中区基町14

 ヤナギ科・落葉高木

 樹齢70年以上。樹高:5.5m 幹周り:2.6

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原爆ドームから相生橋Aioi Bridgeを越え、本川(旧・太田川)のほとりを歩いて、1~2分のところに立っています。爆心直下で熱線と爆風を浴びた木は幹のほとんどが消失したと考えられています。しかし、このヤナギは死んではいませんでした。翌年の春、かろうじて残った根元の残骸からか、土の中から芽吹いたとされています。いつ、どの枝から芽が出たのか、教えてくれる人はありません。今は何事もなかったように、風に吹かれています。


 


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2017年8月 4日 (金)

幻の原爆映像・植物班の撮影メモ

東京で広島原爆を学ぶ勉強会で出会ったカメラマン、能勢広さんの展覧会に行ってきた。正確に言うと、準備中のギャラリーへ。明日8月5日から、能勢さんのおじいさん、原爆映像を撮ったカメラマン鈴木喜代治さんのドキュメンタリー映画が上映される。と同時に、鈴木さんの残した撮影メモがパネル展示される。

●タイトル;記録映画「広島原爆 魂の撮影メモ〜ある映画カメラマン鈴木喜代治が記した広島〜」
●日時;8月5日(土)から9日(水)11時〜18時、映画は全3回。
●場所;アートギャラリー884(お茶の水駅から徒歩10分。文京区本郷3ー4ー3 ヒルズ884 お茶の水ビル1F)

鈴木さんは、1945年9月から学術調査団に同行した日本映画社の撮影カメラマンとして、広島に入られた。私にとって、何に興味惹かれるかというと、鈴木さんのチームは生物班(植物班)である。撮影メモにはどんな植物を発見したか、植物の様子が細かく描いてあった。被爆後のマツ、ハギ、ヒマ、エノコログサ(ネコジャラシ)など。

じつは、この原爆映像を、私は2016年初春に見ている。被爆直後の「被爆樹」の様子を知りたいと思い、日映映像(当時は日本映画社)の東京支社長Y氏のご好意で映像を見せてiいただいた。熱線の跡を残すヒイラギ、奇形となったヤツデなどを興味深く見ていたのだが、それを撮影した人と巡り会うとは! なんという幸せなご縁。原爆映像を撮影者がどんな人か、あまり考えたことがなかったが、能勢さんとの出会いで知ることができた。ほとんどのカメラマンが映像フィルムしか残していない中で、能勢さんのおじいさんは詳細な「撮影メモ」を残されていることが、当時を知る手掛かりとして、非常に重要なものとなっている。
このパネル展示では、小さな一冊の撮影メモが大きく引き伸ばされ、読みやすい形で展示でされている。

被爆樹の取材を初めて以来、「いつ、芽は出てきたのか?」広島の人々に問いかけてきた。爆心地でそれに答えてくれる人はいない。撮影メモはその疑問にヒントをくれるかもしれない。

植物班、医学班、物理班が撮影した原爆映像は1946年、米国に没収された。長い歳月を経て、20年後の1967年に複製が日本に返還された。ただし、ナレーションも字幕もすべて英語で編集され、日本独自の調査とは言えないものとなっていたため、「幻の原爆映画」と呼ばれる。現在、DVDで販売されているものは米国の解説文を翻訳したものである。


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2017年8月 1日 (火)

2017.7.30大月市立図書館で「被爆樹」講演会

【報告】
2017.7.30講演会「原爆から蘇ったヒロシマの木」in 山梨県大月市立図書館 

参加者:約35名(うち子供2名)
「被爆樹」のことを知っていた人:3名ほど
ほとんどの方がご存じなかったので、「被爆樹とは何か?」を中心に、「被ばくを受けた木の特徴」をお伝えしました。

http://rieko-sugihara.com/information/201773inOotsuki%20StepGallary.html

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2017年7月21日 (金)

2017夏「原爆から蘇ったヒロシマの木」展のお知らせ

2017夏「原爆から蘇ったヒロシマの木」展&講演】

今年の夏も、「被爆樹 Atomic Bombed Trees」を日本中の人に伝えるため、展覧会と講演会を行います。ぜひ、いらしてください。そして、ご家族やお友達、お知り合いの方々に聞いてください。

「被爆樹って、知っている?」

まだ、ほとんどの方がご存じありません。どうぞ、あなたのひと声で、あの焼け野原のヒロシマから再び芽を吹き返し、今も生き続けている木々があることを伝えてください。

よろしくお願いいたしますconfident

 

東京都
・千代田区立日比谷図書文化館(7/188/18
※併設展示「詩画人・四國五郎「おこりじぞう」原画展」
(協力:ご子息・四國光氏、金の星社)
http://rieko-sugihara.com/information/2017718Hibiya-Tosho%20.html

・港区立麻布図書館(8/88/16

山梨県
大月市立図書館(7/38/31) 
7/30ライブラリー・トークhttp://rieko-sugihara.com/information/2017730Yamanashi-library.html

広島県
東広島市立図書館 
8/9小学生向けおはなし会「ヒロシマの木」
http://rieko-sugihara.com/information/201789Higashihirosima-Library%20Talk.html

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2017年7月 6日 (木)

原爆を伝えてきた若き人の死に思う

7月3日、広島のバー「Bar swallowtail」のオーナー、冨恵洋次郎さんが亡くなったことを知りました。

享年37歳。

毎月6日、「原爆の語り部の日」として、バーに被爆者の方を呼び、当時のことを話していただく会を開催なさっていました。

今日、7月6日で140回を迎えるそうです。

いつかきっと、冨恵さんに会いに行きたいと思っていました。叶いませんでした。

約10年前に冨恵さんが始められた、原爆を伝える小さな一歩。

被爆者の方が生きていらっしゃるかぎり、続けていってほしいなと思います。

会いたい人にはすぐに会いに行かなくてはならない、その思いを強くしたさよならでした。

そして、被爆者の方よりも、原爆を知らない私たちが先に死ぬことがあるということを考えざるを得ませんでした。

バーのFacebookに「志半ばにして、旅立ってしまいました」と書かれてありました。

“志半ば”で、死にたくない。

私の志とは、被爆樹Atomic Bomebed Treesを、世界中の人に知っていただくことです。

原爆投下後に木々が芽生えた、ただ、その事実を伝えるだけではない。

あのヒロシマの焼け野原で芽吹いた、再生した、人々に生きる力と希望を与えました・・・という、命の再生、復興の象徴として、伝えることに終わってはいけない。木を植えるだけでは伝わらない。

大事なことは、木のそばで何が起こったか? 

被爆を体験した人たちの声に耳を澄ますこと、知らない人に届けること、被爆証言を伝え続けることです。

多くの人が殺された、多くの人が大切な家族を失った、そして、今も苦しんでいる方が大勢いらっしゃる。

直接、原爆を体験していない人間も、被爆の影響を思わせ、死んでいる。

私の従兄、被爆二世の宏治兄ちゃんは戦後約50年も経って、ガンになった。本川小学校で教師をしていた宏治兄ちゃんは、授業の後、血を吐いて倒れ、その3か月後に死んだ。主治医が「転移が早すぎる、調査したいので死体解剖させてくれ」と言った。家族は「原爆の影響」を考え、承知した。結果は「わからない(ガンの原因も転移が早すぎる理由も)」だった。

医者は「親の被爆の影響とはいえない」というが、本当にそうか?

そのことも、伝えなくてはならない。検証していかなくてはならない。

戦後に生まれ、今、この時代に生きている者ができることが、ある。

小さな小さな一歩であっても、私は続けていくことを、冨恵さんに約束します。

冨恵洋次郎さんのご冥福をお祈りいたします。

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2017年7月 4日 (火)

被爆樹巡礼 in Nagasaki

6月27日〜30日まで、長崎市に旅しました。

2008年、ヒロシマの被爆樹をめぐり始めて、
戦後70年の2015年に書籍「被爆樹巡礼ー原爆から蘇ったヒロシマの木と証言者の記憶」を出版して、もう2年。時が経つのは早いものです。

そして、2017年初夏、ナガサキへの被爆樹巡礼をスタートしました。

ずっと会いたかった、山王神社の被爆クスノキ。福山雅治さんの「クスノキ」のモデルになった木ですね。

ホテルに着いたのが夕方。そろそろ暗くなる頃ですが、会いにきました。樹齢400〜500年の夫婦クスノキ。注連縄で結ばれていました。

この旅で出会った被爆樹について、今後、ホームページとfacebookで公開していく予定です。

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2017年3月10日 (金)

大月市立図書館長さんと「被爆樹」講演会の打合せ

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ブルーアイスなど、針葉樹の花束をいただきました。おうちの木を伐ってheart04


3月7日。夏、ヒロシマの木についての講演会の打ち合わせ。

山梨県大月市立図書館の館長、仁科幸子さんからお話をいただきました。

仁科さんは絵本作家さんでもあります。木や花、森の動物たちをテーマにした絵本をたくさん出版されています。

木が好き、森が好き、精霊の話もしたりして、ケルト、古代の文字・・・共通の話題がたくさんあって、話がつきなくて、講演会のお話は最後の最後、ランチタイムも終わるころに少しだけ(笑)。

いちばん聞いてみたかったこと。おはなしはどんなふうに生まれるの? 絵が先? 物語が先? 

そして、話してくださった、絵本の中の一つのお話が生まれるエピソードは神秘的で、仁科さんの世界にぐいぐい引き込まれていきました。

木や花が心の救いになってくれること、生きる力をくれること、自然の声に耳を澄ますこと、子供たちに伝えたいねって、心が通い合うひととき。

久しぶりに、初めて会った人に緊張しないで、ほっと安心して、心優しくなって、過ごせた幸せな時間でした。

夏、山梨県大月市立図書館で、子供たちに向けて「原爆からよみがえったヒロシマの木」のお話をする予定です。

写真の花束と絵本は仁科さんからの贈り物。ありがとうございますhappy01


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サイン入りの絵本『なんにも しない いちにち』もいただきました。主人公のハリネズミと、彼の親友ヤマネもいっしょshine

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