Atomic Bombed Trees

2018年8月 6日 (月)

2018年8月末まで 展示「原爆を生きのびた木、咲いた花」in 日比谷図書文化館

「原爆を伝える2018-原爆を生きのびた木、咲いた花」
▼会期:717日(火)~831日(木)
▼場所:千代田区立日比谷図書文化館 3階図書フロア
(千代田区日比谷公園1-4(最寄り駅:霞が関、内幸町)
▼写真・解説:杉原梨江子
▼無料
内容
194510月、アサガオの花が咲いた
・被爆後の植物の状態、斑入りのフジバカマ
・「原爆の絵」と木
・被爆者が語る木
・絵本『おこりじぞう』最後の1枚 etc.

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併設展示
「詩画人・四國五郎が伝えたかったこと」
同館で85日に開催された、講演会に関連する書籍を展示。息子、光さんのお話と、女優・木内みどりさんによる絵本『おこりじぞう』朗読。こちらの展示も合わせて、ご覧ください

 





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2018.8.6『絵本おこりじぞう』最後の1枚に描かれた白い花

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詩画人・四國五郎さんの『絵本おこりじぞう』

最後の1枚に白い花が描かれています。

四國さんはどんな思いでこの1枚を描かれたのでしょうか。

息子・光さんと、絵本を企画した当時の担当編集者、斎藤雅一さん(金の星社会長)からのメッセージをパネル展示しました。

被爆樹木の写真と合わせて、どうぞご覧ください。

「原爆を伝える2018-原爆を生きのびた木、咲いた花」
▼会期:717日(火)~831日(木)
▼場所:千代田区立日比谷図書文化館 3階図書フロア
(千代田区日比谷公園1-4(最寄り駅:霞が関、内幸町)
▼写真・解説:杉原梨江子
▼無料

併設展示「詩画人・四國五郎が伝えたかったこと」

 

 




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8月6日8時15分、原爆が落とされた日

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2018年8月6日8時15分。

73年前、被爆した叔父は90歳になりました。ガンと闘いながら、被爆証言を続けています。

原爆を直接知らない世代がしっかりと被爆者の声を聴き、伝えていくこと。

「核」を使うことを決して許さないこと。

戦争へ向かおうとする人々、世論を許さない、と言い続けること。

それは勇気のいることですが続けていきます。

人間が残酷に焼き尽くされた大地で、再び芽吹いた木のいのちを通して。

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広島平和大通り、白神社前のムクノキ。爆心地からの距離530メートル



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2018年7月31日 (火)

2018.7.31ニュース「被爆樹木の保存、国が補助」

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今日、「被爆木樹」に関する嬉しいニュースがありました。広島・長崎の被爆樹木の保存、国が補助することを検討、8月6日、安倍首相が広島で表明する予定と共同通信から配信されました。

被爆樹木のことを多くの人に知っていただく機会になるのではと期待しています。


詳細:中国新聞7月31日付
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=85017

★写真:広島市登録の被爆樹木「善正寺のサルスベリ」

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2018年4月 4日 (水)

被爆桜めぐり2018 in ヒロシマ

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公式サイトで、被爆桜(ひばくざくら)を紹介しましたcherryblossom

№51安田学園のソメイヨシノ

http://rieko-sugihara.com/photo_essay/j_tree/hiroshima/51_Sakura%20inYasuda%20Gakuen.html

大切なことが書かれた紹介文です。ぜひご一読ください。

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2018年2月28日 (水)

2018.2科学ジャーナリスト塾 作品発表のお知らせ

2017年9月から2月中旬まで半年間通った「科学ジャーナリスト塾」。全10回のカリキュラムの後半、文章チームとプレゼンチームに分かれて作品を制作しました。炎の文章教室を経て完成した原稿が「日本科学ジャーナリスト会議」のホームページに掲載されています。ご一読ください。

第16期科学ジャーナリスト塾 
・塾長:室山哲也氏(NHK解説委員)
・塾生:13名
・場所:プレスセンタービル8階 特別会議室
・主催:JASTJ日本科学ジャーナリスト会議

<作品発表はこちらから>
タイトル
「禎子さんのエノキ~原爆を生きのびた木の使命」
(取材:放射線医学総合研究所・福島復興支援本部)

日本科学技術ジャーナリスト会議ホームページ
http://jastj.jp/tcsj  

※私の原稿は文章チームの2番目に登場します。半年間の塾の様子、学んだ内容なども掲載されています。全体写真は黄色いセーターが私。

この度入塾したのは、「なぜ、被爆樹は蘇ることができたのか?」を科学的に検証し、発信したいと思ったからです。作品原稿はこの視点からは少し離れましたが、放射線の木々への影響について取材し、まとめました。

プレゼンチームの2番目の作品「放射線治療を切り開く炭素イオン」は私も一緒に取材したので、映像に結構映っています。ガン治療の最先端「炭素イオン線治療」について。体へのダメージが少ない放射線治療として注目を浴びている方法をわかりやすく解説してあります。こちらもぜひご覧ください。

科学ジャーナリスト塾に通って何よりよかったのは、科学の現場で仕事をしている人たちと知り合えたこと。文系は私1人。彼ら、彼女らの質問の仕方、企画の発想など、とても勉強になりました。また今年も入塾したいと考えているところ♪

 

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2017年12月11日 (月)

2017.12.10被爆樹木を伝えることの難しさ

原爆を生きのびたヒロシマの木-「被爆樹木」について話す機会が増えた。しかし、話すたびに不安になる。伝わっているのだろうか。少しは興味をもっていただけただろうか。昨日もまた、不安でいっぱいのまま、家に戻ることになった。

今回は自分からのアプローチでなく、写真家の浅見俊哉さんからお誘いいただいた。アートを仕事にする人々の集まり<SMFアート井戸端会議>である。イベントのタイトルが「被爆樹木について 今について 未来について 語ろう」というものだった。だから、全く興味のない人はいないだろうし、「被爆樹木」について知りたいと思ってくださる方がいらっしゃるだろうと期待したが、どうもそうではないらしかった。

浅見さんは被爆樹木の「影」を撮り続けるアーティストだ。ヒロシマの影を残した人(広島平和資料館に影が残る石が展示されている)と重なり、心に響くテーマだと思う。何よりも写真が美しい。「原爆」からはかけ離れた世界にも感じる。しかし、彼の写真を見た人が、その美しいヤナギの葉に心惹かれ、じつはそれが“原爆投下後に再び芽吹き、今も生き続ける木”であると知ったとき、どう感じるのか? 焼け野原に芽生えたと感動するのか、被爆した木?とぎょっとするのか。「こわい」と言った人もいると聞いた。放射線の影響を考えての発言だろう。どんな感想にせよ、「原爆」に関心をもっていただくきっかけとして、すばらしい作品だと私は思う。だからこそ、今回「一緒にクロストークをしていただけませんか?」と依頼にすぐにOK のお返事をした。

「被爆樹木について 今について 未来について 語ろう」
日時:2017年12月10日(日)
場所:埼玉県立近代美術館 3階講座室
主催:SMFアート井戸端会議

トークでは、前半で私が「被爆樹とは何か?木のそばで何が起こったか」を被爆の特徴(ヤケド痕、ウロ等)がよくわかる木々を中心に紹介、後半では浅見さんが「アートとしての被爆樹木」について語られ、残りの時間で2人の対談という流れであった。

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浅見さんとのお話はとてもおもしろかった。私自身、1人黙々と、被爆樹木を追い続ける取材のなかで感じていたことを、浅見さんも感じられていたことに、ホッとするような、勇気をいただくような気もした。

いちばんへこむ言葉として、被爆樹木を通して原爆を伝えることに対し、「軽い」「甘い」「真剣に考えていない」というご意見がある。浅見さんも個展の時などに同様のことを言われていたと知り、ああ、やはり同じような反応はあるのかと納得した。そういう心傷つく意見に対し、浅見さんがどう向き合っていったか、そんな話も聴くことができて、本当によかった。同じテーマをもつ人がいることの心強さを感じたクロストークであった。

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一方で、参加者の方々の反応は今一つというか、あまり関心を持たれなかった印象があり、またもや、へこむ。「被爆樹木」を少しずつ紹介していく、私の話の展開がつまらなかったのかもしれないと反省しきりだったが、ひと晩経って思ったのは、根本的に参加者の方々は、浅見さんのアートとしての「被爆樹木」には関心があるが、原爆から蘇った木々―被爆樹木そのものには関心がないのではないか、という思いである。被爆樹木のそばで生きてこられた被爆者の話も少ししたが、重いと感じられたのかもしれない。また、私はアートの創り手ではない。表現の仕方は様々だと思うのだが、そのことも無関心の度合いを深めたようにも感じた。

それぞれの人にとって、“身近なこと”として、被爆樹木を考えていただけるように“伝える”ことは難しい。まあ、自分の力不足なのだが。

ただ、身近なこととして、と考えると、関心のない大人たちよりも、子どもたちのほうがはるかに、身近な存在として、戦争、原爆=核兵器をとらえているように感じている。今年、都内の小学校6年生に平和授業をする機会を得たとき、ひしひしと感じた。

「ボクたち、わたしたちの未来に、戦争が起きるかもしれない。核兵器が使われるかもしれない。ボクはもしかすると、戦争に行くことになるかもしれない」

と、漠然とした恐怖感をともなって、“身近なこと”として、感じているのではないだろろうか、と。被爆樹木の傷あとの写真を見せ、原爆について話しながら、そんな真剣さが伝わってきた。この子どもたちにこそ、伝えていきたいと思う。

1日を振り返って、さまざまなことを考えた。
今までも主催者に興味をもっていただいて講演を引き受けるが、現場でアウェイ感の強いことは多々ある。「興味なし、終わり」的な対応。興味がない人に知っていただく工夫をいつも考えているが、今年はへこむことも多く、講演のたびに反省、反省。

どんな立場にしろ、講演にいらしてくださった方々に、「ああ、今日は来てよかった」と思っていただける伝え方、話の展開をもう一度考えてみようと、新たな闘志が湧いてくる1日であった。

声をかけてくださった浅見さん、SMFアート井戸端会議のみなさま、貴重な機会をありがとうございましたheart04

※撮影:SMFアート井戸端会議(浅見さんfacebookより)

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2017年11月18日 (土)

2017.11.18長崎・被爆樹巡礼「悟真寺のクスノキ」は見つからず

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追い返された。玄関先、インターフォン越し。

「原爆を生き延びた木? そんなものはない!」coldsweats02

ご住職さんに会ってももらえず、回答しているのはお寺のどなたか。

杉原「あの、最近、長崎市の方が調査にいらっしゃらなったでしょうか。被爆樹のクスノキが境内にあるはずなんですが・・・」

お寺の人「知りません、聴いたこともありません」

調査、終了。

けんもほろろ、とはこういうことを言うのねcoldsweats01

今回の長崎行き。前回、行けなかった被爆樹をめぐるのがいちばんの目的。

といっても、広島と違って、個人宅の被爆樹が多い長崎では自由に会いに行ける木々は少ないのです。30か所の被爆樹のうち、悟真寺は国際墓地のある有名なスポットなので行ってみました。

で、冒頭の対応でした。境内にクスノキがあるので、行けばわかるだろうと思っていた私が甘かった。。。しょぼん。weep

長崎駅からタクシーでここまで来て、帰りはバスで20分くらい待って、長崎駅へ戻る。遠い。遠かった。タクシー代もかかった。ああ、ああ、出直すしかない。

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私、何やってんだろう。誰に頼まれたわけでもないのに、1本1本、被爆樹をたずねる旅を続けて。

「そんなもん、知らん」と言われてcrying

バスには荷物おろされるわ、寺では邪険にされるわ、、、心が折れそうである。

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延々と待ったバス。長崎駅まで無事に戻れるんだろうか・・・gawk と思った、2017年11月18日夕暮れ。

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2017年11月17日 (金)

2017.11.17長崎空港バス、荷物をまちがえて下ろす!

しかし、このすばらしいご縁の前、とんでもないハプニングが起きた。

長崎空港からバスで長崎市内に到着したのはいいが、運転手がまちがえて、私の荷物を前のどこかのバス停で下ろしてしまったというのだ。

バスの下段、荷物置き場は空っぽである。あぜん。

しかも、運転手は「バスで客を下ろしたあとでホテルに持って行く」などと悠長なことを言う。

トランクには、これから初めて会う大事な方々との資料がすべて入っている。

運転手が営業所に電話し、代わってもらうと、「降ろした場所まで取りに行ってください」と言う。はあ!??? 私がなんで!?

約束の時間は刻一刻と近づいてくるshock 手ぶらで行くことも覚悟したが、納得がいかない。

のらりくらりと「あとで持って行く」を繰り返す運転手と電話口の男。

「今すぐ、持って来い!!!」

ひっさしぶりに怒りを爆発させたannoyannoyannoy

当の運転手は平謝り、電話口の男に速攻でホテルまで持ってくるよう言って、バスをあとにした。

海外に行くときに乗るリムジンバスでは番号札で丁寧に確認を繰り返す。そのシステムが長崎空港バスにはないのだ! 口頭で伝えるだけでは、運転手は覚えきれず、理解しないのだから改善すべきだ!

今度の長崎行きでは念には念を入れなくてはならんっ!annoy


まあ、長崎ねこでも見て、気をしずめるか・・・

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2017.11.17長崎・ご縁の始まり

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長崎に到着すると、いつも真っ先に行くのは「山王神社のクスノキ」。今日はご縁あって、被爆者のIさんを訪ねることになった。

ご紹介してくださるのは、この方も初めてお目にかかるSさん。東京で月に一度の勉強会で会う弁護士H先生のご紹介である。

人のご縁はすばらしい。

H先生からSさんにつながり、私が「被爆樹木を多くの人に伝えたい。長崎の被爆者の方々に話を聴きたい」と長崎行きの意図を伝えると、Sさんをご紹介してくださった。

「人生」は、「人」と「人」とのつながりで「生」きることなのだなあと、あらためて考えた長崎行きの始まりとなった。

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